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めぇめぇうるさいヤギみたい。

anna


杏奈の閉鎖的で孤独なキャラクターを表す象徴的な台詞。


もとよりこの映画は「杏奈の心を描けるかどうか」が音楽にしても画にしても重要というような発言を米林宏昌監督はされている。

「この世には、目に見えない魔法の輪がある~」のくだりは、小説にも出てくる表現で、恐らくこれだけではシリアスさしか伝わらない。


自ら心を閉ざし、相対する多くのものへ嫌悪感を持つ。そういう独特の心理状態を、この台詞は決定的にしていると思う。



この映画は、物語が進むにつれミステリアスな真相が明らかになり、全てわかった後で最初からもう一度観返したくなる、そんな展開なのだけども、少なくとも杏奈の(最初の)キャラクターだけは一発目から鮮烈に記憶に射し込まれる。





閉ざされていて、ざらついていて、大人びている、少女さを誰にも手の届かない奥深くまで閉じ込めた少女。杏奈。








  
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感情が壊れる。

“普通の顔” 

原作では、杏奈の振る舞いをこのように表現している。映画では、それを絵=アニメーションで表現しなければならず、心模様の移り変わりと併せて重要なポイントになっている。


特に杏奈の“普通の顔”は、年齢(思春期であること)と、幼少期から現在に至るまでのいくつかのトラウマによって築かれた「感情の壁」で、本来持っている感情を高い壁で囲っている-そんなようなことだと思っている。


しかしその感情の壁に厚みはなく、時々壁が壊れて感情があふれ出ることがある。
この描写が絶妙で、見る者の多くの共感を得たのではないかと思う。現に私も、遠からず似たような感情を過去に経験していたのか、その瞬間にフラッシュバックする感情がある。


20151011234923.jpg


信子に入り込まれるシーン。これを杏奈は猛烈に拒絶する。

一見、図々しいとも取れるこの振る舞いは、通常であれば人と人とが繋がるためのスキンシップとしてありふれた光景でもあり、快いとはいかずともここまで拒絶することはない。
そこに、杏奈の感情の壁が壊れた瞬間を垣間見るとができる。この後、杏奈の壊れた感情は溢れて止まらず、湖岸で泣き崩れる。


737.jpg


サイロに取り残された(と、記憶と夢がクロスオーバーして誤解している)シーン。

心を許し、通じ合い、乗り越えかけたところで最悪の展開を迎え、これまでのトラウマが甦って感情が崩壊する。



そして、最後にマーニーの全てを許すシーン。

20150426181051.jpg




壊れた感情の収拾がつかないまま、マーニーの全てを許し、永遠の友情(愛)を杏奈は誓う。


同じような場面に立たされた場合、まず誰もが採る行動が「状況を整理する」ことだろう。そのぐらい、事態は混乱の渦中にある。

しかし、杏奈のマーニーに対する思いは“好きかどうか”でしかなく、その他全ては煩わしいことに過ぎない。状況などどうでも良いぐらい、二人は通い合っていたのだ。

その模様を、このシーンで見事に表現している。





これらのエピソードを経て、杏奈は感情の壁を全て取り払い、母(頼子)の愛を理解し、普通の顔と離別することで釧路の一夏を終える。


ざらついた思春期は、爽やかに終演を迎える。






    




プロフィール

tadasuko

Author:tadasuko
あと数年で40歳。アニメーションとはほど遠い業界の、小さな会社をやっています。

ここでは実社会の自分から完全逃避して(笑)自分の人生に大きな衝撃を与えた「思い出のマーニー」のすばらしさをひたすら書き殴っていきたいと思います。

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